ブルース・リーの言葉 - 意拳のタマゴ!

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ブルース・リーの言葉

今日は珍しく道が混んでて、練習開始時間に遅れてしまった。

いつもの公園に着くと、あらら・・・師匠と、「貴重な」と言っても過言ではない、超数少ない弟(おとうと)弟子さんの2名のみ。

急いで車をパーキングに停め、と言いたいトコだが、そんな気の利いたスペースがあるハズはない。

てか、周りには店や住宅なんてゴミゴミしたモンは全くなく、殿様が鷹狩りをしてても全く違和感が無いような大自然に恵まれた環境なので、間違っても周りには田んぼと小川しかなく、車なんかテキトーに停めときゃ大丈夫、などという訳では無い。決してそんな事は無いのだ。

私「おはようございます。遅くなりました。」

師匠「大丈夫、大丈夫。皆んなもっと遅いですから。」

わはは。
さすが師匠、相変わらずフランクだ。


ふと見ると弟弟子さんは、ゆっくり円形に歩いてるではないか・・・


げ、ヤバイ・・・

こ、これは・・・

もしかして・・・


は、八卦掌ではござらぬか(汗💧


前回、やったばかりなのにぃ〜


さては弟弟子さんが、師匠と二人きりなのをいい事に、前回の八卦掌の復習をリクエストしやがったか、あ、失礼、前回の不明点をご質問なさってたんですね、きっと。




あ、いや、別に私が八卦掌が大のニガテだとか、本当は私にとっては苦行に等しいのだ、などと思った事は一度たりとも無い。

天地神明に誓って、絶対に間違ってもそんな事を思った事はこれっぽっちも無いのだっ(大汗💧💦)



まあ、それはともかく。

八卦掌に要求される姿勢はとてもキツく、その姿勢を保って歩こうとしても、フラついてまともに歩けん。


あら、弟弟子さんは私なんかよりスムーズに歩いてるなぁ、スゴイ。


私などは五分でもその姿勢を保って歩くのが困難なんだが、本当は何時間も歩けるように訓練するのだ、との事。

初めは力んでもよいので、無理矢理にでも正しい姿勢を作り、その中で力を抜く事を覚える。

これを1日数時間、それを何年も継続すると、ムダな力を省いた本当の内部の力が出てくる(ものらしい)。
それは力んだ通常の筋力とは違うもので、細い力、なんだそうだ。

日頃から「脱力」ばかりに気を取られ過ぎていると、いざ本当に戦う時に身体が強張ってしまい、それでは何にもならないという事で、柔を求めるための剛、との事。

この話を聞いて、師匠の動きだけを真似ても、その感覚、動きの本質は全く違うものなんであろう事は容易に想像がつく。

意拳のタントウを行うにしても、例えば背中を開く感覚は、意拳の一代前である形意拳の三体式で肩を開く事を教えて貰っていなければ、私のような凡人には、今でも想像さえ出来なかったに違いない。

現代の意拳は恐らく、思った以上に洗練された拳法で、師匠によれば「大学院の授業」

小学生、いや幼稚園児の私が、その授業だけを聞いても理解出来る筈はないのだ。




私は別にブルース・リーのファンでも何でもなく、むしろ梶原一騎の「空手バカ一代」に影響されちまったのが少し残念な青・少年期であったが、今になって、彼(B.L)の言葉を聞くと、若くしてマーシャル・アーツの本質を見抜いていた眼力に驚かされる。



「私は流儀を教えない。もう流儀を信じていないからだ。戦う時に流儀は関係ない。3本の足に4本の腕を持つ人間はいないし、戦い方にはいろいろあるからだ。」




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