⑦ 憧れの極真カラテ~空手道入門その4  - 意拳のタマゴ!

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⑦ 憧れの極真カラテ~空手道入門その4 

ストーリーは再度、私の高校時代に舞い戻ります。

K会館H道場は、とあるマンションの2階に入っておりました。

師範はあの「空手バカ一代」にも登場した有名な先生でしたが、劇画に描かれていたような細身ではなく、背丈こそ低いものの、いかにも「格闘技」を連想させる、それはそれはゴツイ体格をしておられました。

同じ県内には、ほかに、この師範の道場が2~3箇所あったような気がしますが、師範は他県にも支部を開設されており、私の所属する道場には、月に何回か顔を出される程度で、通常は何人かの黒帯の先輩が指導されていました。

当時、K会館といえば、日の出の勢い。

旭日旗


きっと、各道場間を飛び回っていらっしゃったのでしょう。

また、道場生用入口とは別に、その奥に受付用カウンターが設けられており、稽古時間外には黒帯の先輩が座って入会届けなどの各種受付や事務処理を行っていました。

さしずめ、事務員兼指導員といったところでしょうか。
それ程、当時の道場は繁盛していたのです。

週に3回の稽古でしたが、毎回、ひっきりなしに何人もの見学者が来ていた記憶があります。

見学
 ↑
あ、なんか違う・・・

見学といっても、最初の準備運動と基本技の稽古が終わると、先輩方が、「どうぞお引き取り下さい」と言って、さっさとお帰り願っていたものでした。

現在なら、稽古を最後まで見てもらって、「どうでしたか?一緒にイイ汗、かきませんか?」とか、いわゆる「体験」をしてもらう、などという光景が普通になっておりますが、当時はそんな事しなくても、「直接打撃制のカラテ」といえば県内にはK会館しかなく、道場生はドンドン増えていったのです。

ひよこ


私が所属していた道場は先ほど述べたとおり週3回、それぞれ2部制で稽古が行われており、夕方から始まるクラスと、夜間のクラスに分かれておりました。
どちらのクラスも、マンションの2軒分をぶち抜いた道場は、道場生で溢れかえっておりました。

溢れかえる


どちらのクラスに参加しても自由ですし、体力が許せば両方とも出席しても良かったと思いますが、私の記憶では、そのようなタフな人は居なかったと思います。それほどキツイ稽古だったのです。

私は平素、夜間のクラスに出席していました。
私と同年代(高校生)くらいの道場生は、私を含めて3名ほどしか居らず、あとの全員は、すべて年上の成人男性ばかりでした。

以前の記事にも書きましたが、当時、「K会館空手」は「地上最強」を謳い文句にしており、現在のように、女性や子供が気軽に通えるような道場ではなかったのです。

ライオン



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