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後出しジャンケン

ブログでの自己紹介にある通り、私の武道・武術との出会いは、30年ほど前、空手を始めた頃に遡る。

その空手は、当時、劇画に登場したり、マスコミへの露出が多かったこともあり、爆発的な発展を遂げた。

そんな大組織の長であった伝説の創始者も、大自然の摂理、「寿命」には勝てるわけもなく、その門人だけでなく、多くの武道・武術・格闘技ファン達に惜しまれながら、この世を去った。

その創始者の評価について賛否両論があるようだが、多くの優秀な弟子たちを輩出し、今日の空手の発展に寄与したことだけは異論の挟みようが無い事実である。

だが、世間的には人格者と思われがちな武道・武術の世界ではあるが、現実には妬み・嫉みが渦巻いているのがこの世界の常識(?)であって、当時、その創始者に関する多くの著作が発表されたが、その中で、ある著者(武道家といわれている人)が、「あんなものはパワーカラテ、青春カラテだ。人間、くたばってしまったら意味がない」というような事を公然と述べていたのを見て、著者の人間性に幻滅したものだ。

死者に鞭うつ、という言葉がある。

後出しジャンケンのようなもので、しかも自分は本人から直接、反撃を受ける事もない。

C国の故事から来た言葉らしいが、最近も武林で、武術家と主張しながら若くしてこの世を去ってしまうのは真の強さとは言えない、というような記事を目にした。

誰の事を言っているのか知らないが、人としてこの世に生を受けた以上、いつかは天に召される時が来るのだ。

神や仙人でもない限り、人は200年も300年も生きることは出来ない。

それが50年だろうが100年だろうが、或いは30年だろうが、生ある限り学び続け、それを体現し、後進がそれに続いていく。


それが出来た人だからこそ、後進はその後ろ姿を見て本物の武人を感じ、哀悼の意を示すのだ。


語るだけの後出しジャンケンの先生に、誰が付いていくのだろうか。



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